ビックの牙城崩した日立 出番と責任が選手を変えた JDリーグ ダイヤモンドシリーズ準優勝 女子ソフトボール
世に「地位が人をつくる」という。荷が重そうな役職でも就いたことで自覚が生まれ、努力し、地位にふさわしい人になる―。実際にはなかなかそうはいかないが、スポーツの世界でも、起用されることで能力が引き出される選手がいる。ニトリJDリーグ2024で日立が東地区優勝を果たし、ダイヤモンドシリーズでも決勝へ進んだ原動力は、主力が抜けた後に、出場機会と責任が増して成長が促された選手たちだった。
■投打の主力が抜けて迎えた今季
日立はビックカメラ高崎を抑えて東地区優勝を果たした。ビックの牙城を崩してリーグに風を吹かせた優勝でもある。ダイヤモンドシリーズでも準決勝でビックを3-1で倒して東地区優勝の力を証明し、日本リーグ時代の2010年以来となる日本一決戦に進んだ。
2季続けて東地区2位につけた日立から昨オフ、野手の坂本結愛、山口みどり、ハンナ・フリッペン、投手ではテイラー・マクイリンらが移籍などで抜けた。せっかくここまで来たのに…と思ったファンは多いことだろう。
代わって米国から捕手のデジャ・ムリポラ、投手のドンテイシャ・ゴーボーン、新人では笠原朱里(日体大)ら5人が加入した。ムリポラは米国代表に名を連ね、新人も期待されたが、あくまで新顔は未知数。主力の抜けた後を現有戦力でカバーしてチームをつくることになった。
簡単に現有戦力の底上げができれば苦労しない。日立は開幕6戦目まで3勝3敗ともがいた。だが、7戦目のホンダ戦で笠原に初本塁打が出て快勝すると、8戦目で初めて1番に藤森捺未、2番に笠原を並べ、4番の山内早織を開幕から動かさない24年型日立の「基本形」が出現する。後半初戦の日本精工戦まで破竹の13連勝と波に乗った。
藤森はチーム最多102打席に立ち、得点、打率、出塁率がいずれも東地区1位。笠原、杉本梨緒、山内と続く打線のつながりが表れた数字だ。チーム最多の7本塁打も放ち、村山修次監督は「もともと飛ばす力もあったけど、確率が高くなかった。今季は何かつかんだものがあるのでは」という。
■マスクもかぶって輝いた4番・山内早織
山内は4番DPにどっしり座り、相手の若い投手が雰囲気に負けた場面もある。準決勝では上野由岐子から2本塁打を放ち、チームを決勝へ導いた。
後半からは女鹿田千紘の故障があってムリポラとの併用でマスクをかぶるようになり、ダイヤモンドシリーズでは2試合とも座った。18年のビック入団当初は捕手として日本代表にも呼ばれながら、故障で続けられず、日立へ来た昨季も内野手登録だった。
けがが治ったら捕手をしたかったのだろう。大詰めへ来て、4番に加えて捕手の重責まで負いながら、イニングの合間にも夢中で投手やスコアラーと話し込んでいた。山内は言う。
「自分自身はそんなに(捕手で)試合に出たことはなかったんですけど、先輩方のキャッチャーをする姿を見て、見ることでいろんな経験をしてきたので、それをイメージしながら再現できたかなと思います」
山口が抜けた外野でも4年目の平田唯花が打率.365でベストナインに入るなど、隠れていた戦力が台頭し、チーム総得点146は昨季より多い。村山監督は「今季加入した胡子路代コーチが、各選手と二人三脚のようにしてやってくれている」と感謝する。
■「投手の主将」を勤め上げた坂本実桜
投手陣は、ゴーボーンが5試合4回の登板にとどまる中で坂本実桜、田内愛絵理の投球回数が増えた。レギュラーシーズン29試合のうち完投が11試合ある。村山監督は「ここ数年、継投が多かったけど、今年は完投できるよう準備してくれとお願いして、投手陣が準備をしてくれた」という。
坂本は昨季より22回3分の1多い77回3分の2を投げた。主将になって2年目。投手で主将は難しい。野手はミスを後の打席や守備機会で取り返せることがあっても、投手は打たれて降りたらその試合では取り返せない。降板後に打線が逆転し、「ありがとう!ありがとう!」と叫ぶ坂本の姿があった。
本人は「キャプテンとして成長した点は自分ではよく分からないです」と言うが、村山監督は「引っ張るというより人が集まってきて、影響力のある選手なので、坂本がいい顔をしてソフトボールをしていればチームがいい方向へ行くし、下を向いていればチームも下を向く。両面があって苦しい経験もしたと思うけど、自分よりチームのためと切り替えてやってくれた」とたたえた。
■「7回投げたい」田内愛絵理のパワーアップ
田内もトヨタ時代を含め9年目で最多の61回3分の1を投げ、チーム総投球回数に占める比率が初めて3割に達している。力をためて強く飛び出すフォームに取り組み、打者が感じる球威や圧力が増し、それを軸にすることで、変化球を交えた2巡目3巡目の組み立てを考えることができた。
村山監督からの「完投要請」にも「もともと投手はそういうものです。投げられるなら7回投げたいので」と受けて立った。「たくさん投げられるのは楽しいし、力強いピッチングができているから、要所で強いチーム相手に投げさせてもらえて結果も残せているのかな」
長谷川鈴夏も昨季なみの54回を投げて6勝を挙げ、投手陣を支えた。坂本9勝、田内7勝とともに立つ3本柱は、東地区随一だ。継投策は接戦よりも、打線が大きなリードをつくり、疲労や若手の起用を考えたときが多い。総得点146、総失点62という投打のバランスが成せる戦い方だった。
■選手の成長から学んだ村山修次監督
主力が抜けた危機感から、現有戦力と新戦力に出場機会が増え、責任が重くなったことで、秘めていた能力が引き出された。村山監督は言う。
「指導者として勉強になりました。能力のある主力がいてくれたら安心ですけど、抜けてもこうして出てきてくれる、準備をしてくれる。起用の仕方も変わってきました。控えも含めて役割をしっかり与え、この場面でこう使えばいい働きをしてくれる」
田内は「打てなくても次の打席で修正できるような、思考停止しない選手が多いから層が厚いんだと思う」と話した。
■トヨタに封じられた得点パターン
それでも、あと一歩で優勝は逃した。試合前、トヨタとの経験の差は致し方ないとして、日立には三つの懸念材料があるように思えた。
一つは藤森が打たせてもらえるかどうか。東地区にはレギュラーシーズンで藤森を完全に封じたチームがあり、前日の準決勝ではビックも3打数2三振と抑え込んでいる。
二つめは、山内らの中軸打者がハードヒットできて打球が上がるような球を、後藤希友とメーガン・ファライモが投げてくれるか。三つめは、シーズン中からチャンスで打席が回った時の唐牛彩名が、大振りに見えていたことだった。
結果的に藤森は無安打に終わり、2四球も長打警戒のトヨタとしては御の字だった。0-2の四回に山内らが何とか食らいついて満塁とした場面では、唐牛が内角球を強振して3球三振。続く平田も前に飛ばせなかった。
強気に攻めたトヨタのバッテリーはさすがだが、日立の1点が、笠原が外角低めを逆方向へ打った技の本塁打だったことが、来季に向けた課題の一つを示したように思える。
笠原は「あと一歩届かなかったのは、変化が足りなかったということでもあるので、個人もチームも、もう一つ二つレベルアップできたら」と話した。(若林哲治)
Photo:Yukari Watanabe,NijiiroSoftball